
明瞭な話し方、鷹揚な身振り、ピンク色のスーツ。全人代の朱雪芹さんは、記者の疑わしい目つきを読み取ったかのように、言った。「私は出稼ぎ労働者の代表に見えませんか?出稼ぎ労働者というと、汚い服を着ていると思われがちですが、改革開放からすでに30年です。長い人はすでに町で20年以上働いています。私も上海に来てもう13年です。われわれはしだいに都市に溶け込んでいます。私は出稼ぎ労働者の新しいイメージを皆に知ってもらいたいと思います」。
1995年1月、高校を中退した朱雪芹さんは、故郷の江蘇省睢寧を離れ、上海市普陀区のある中日合弁アパレル工場で出稼ぎ生活を始めた。仕事はミシンを踏み続けるハードな労働だったが、彼女は毎日2時間を捻出して、自学自習を行った。3年後、彼女は高校の卒業資格を獲得し、かつ縫製技術にも熟練し、職場の柱となっていた。勤勉で向上心が強い彼女は、日本の広島にある本社の研修に招かれた。日本に赴いた彼女は、働きながら日本語を身に付けた。会社は彼女の能力を買い、日本にとどまって高い給料で仕事を続けさせようとしたが、彼女はやはり帰国を選んだ。「私は学んだ技術で祖国に報いようと思ったのです。」
故里を離れ上海に出稼ぎにきた時から、全人代の3人の出稼ぎ労働者代表の一人になるまで、朱雪芹さんの経歴はまさに現代中国の伝奇的な物語である。彼女はラッキーであると多くの人は見る。「全人代の代表に選ばれて、心から感動すると同時に、大きなプレッシャーも感じています。上海を出発した時、代表団の団長さんから、あなたたちの肩には44万の上海人の期待がかかっていると言われました。さらにいえば、われわれ3人の地方出身の出稼ぎ労働者代表には、さらに別の重い責任がかかっています。国家の最新データによると、現在全国には約2億1000万人の出稼ぎ労働者がいるとのことですが、我々は一人あたり7000万人を代表していることになります。代表の任に堪え得るかどうかの試練が、われわれを待ち受けています。全人代の代表になってからというもの、私はいつも睡眠不足で、ぐっすりと眠れません。現在の出稼ぎ労働者に必要なこととはいったい何なのかと私はいつも考えています。」
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全人代の会場で歓談している朱雪芹さん、康厚明さん、胡小燕さん |
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北京に来る前から、朱さんはいろいろと調べて下準備をしていた。「今回の全人代に私が提出した提案の一つは、出稼ぎ労働者の養老保険の問題です。改革開放からすでに30年になりました。最初に出稼ぎにきた労働者の一部はすでに退職して故郷に戻っていますが、彼らの老後は保障されていません。しかも、次世代の出稼ぎ労働者がぞくぞくと町にやって来ており、「4+2+1」現象、つまり夫婦2人が4人の老人と1人の子どもを養うというパターンがよく見られるようになりました。里帰りした出稼ぎ労働者は、年をとって野良仕事もできなくなります。彼らの子どもたちは、老人を養いながら、生計がかかっている自分の仕事に励み、子どもの世話もしなければならなりません。その大きいプレッシャーは想像を超えたものです。もし出稼ぎ労働者の老後が保障され、苦労してきた老人に安らかな晩年を送ってもらうことができれば、われわれのような若い出稼ぎ労働者へのプレッシャーも減ります。そして、全国共通の養老保険システムを作り上げることです。出稼ぎ労働者のほとんどが、定着性のない建設業と飲食業に携わっており、1年間で数回引っ越しすることも珍しくありません。1年に保険料を10カ月分払っても、移動が原因で2カ月分が未払いの場合は、払った10か月分も無駄になります。全国共通の養老保険のネットワークをつくり、移動しても保険が継続できるようなシステムを樹立すれば、きっと多くの出稼ぎ労働者に恩恵をもたらします。」
朱雪芹さんと同じく全人代の出稼ぎ労働者代表である重慶市都市建設持株会社傘下の第一市政会社路面課農民工班長の康厚明さん、広東省仏山市の陶磁器製造会社の作業場責任者胡小燕さんも同様に、マスコミの興味を掻き立てている。2007年、第十期全人代による『第十一期全人代大会の代表人数と選挙問題に関する決定』には、「現役で働く労働者と農民代表の人数は前回の人数を上回らなければならない」と明記してある。その後に開かれた第十期全人代第5回会議では、「出稼ぎ労働者が集中する省•直轄市では、出稼ぎ労働者代表を立てなければならない」との討議が採択された。
「このような人数の多い階層は、必ず代表を選出して彼らの要求を訴える必要があります」中国社会科学院農村発展研究所の党国英研究員は言う。全人代の代表に選ばれた後、胡小燕さんの「代表意識」が芽生え始めた。「私は出稼ぎ労働者として全人代の代表に選ばれたのです。われわれ出稼ぎ労働者のために働き、より多くの権益を得るよう努めます。」
胡さんは出稼ぎ労働者の生活の細かいところまでも観察し、労働者がぶつかる困難をすべてメモしている。インターネットを使い始めたばかりの彼女は、自分のブログを開設して自ら会得したり体得したりしたものについて書き、仲間たちもそこにメッセージを残すことができる。この方法によって、彼女は仲間たちの声をより多く聞き取った。今回の全人代大会で、胡小燕さんは多くの内外記者の取材対象となった。彼女はよく次のようにマスコミに語る。「マスコミにはわれわれ出稼ぎ労働者の代表に目を向けるのではなく、われわれの背後にいる数多くの出稼ぎ労働者の声に耳を傾けてもらいたいです。私は普通の人で普通の心を持っています。私も最下層から始め、みなと同じようにやってきました。今回全人代の代表に選ばれたのは、全国2億1000万人の出稼ぎ労働者の私に対する信頼であるといえ、恩返しの心をもって行動しなければなりません。」
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