
現在、今年卒業予定の高校3年生の多くが、海外の大学からの入学許可証の入手を心待ちにしている。2007年末から今年の初めにかけて、世界の有名大学はすでに一部の学生に入学許可証を発行しており、まだ合格通知を手にしていない学生は焦りはじめている。
こういった光景は今や中国大陸の高三生の間によく見られるものとなっている。従来どおり、国内の大学の入学試験に備えるのが一般的な高三生の選択だが、2006年から、さらに多くの高三生が外国の大学への入学を希望するようになった。北京で有名な海外留学のための民間語学学校である新東方教育集団の責任者は、アメリカ留学政策の規制緩和、人民元の対米ドルレートの低下、国内大学生の就業難などのため、2008年は「アメリカ留学の年」となり、従来から人気のある留学先のなかでも、アメリカ留学はとくに高い人気を得るだろうと、予想している。
「大衆化」した海外留学
北京などの大•中型都市では、一年中さまざまな「国際教育展」が開かれ、ニュースとなっている。2008年3月1日と2日、北京国際貿易展覧センターで開催された「中国国際教育巡回展」は今年で第13回目を迎え、30以上の国や地域から400校以上の大学が参加した。魅力ある奨学金プランをアピールしたり、特色ある専門課程を増設したり、ビザ政策を緩和したりして、中国の学生を奪い合っている。EU27カ国200あまりの大学は、連合してアメリカに対抗し、中国の学生を引き寄せるため、EUの高級修士奨学金に専門の「中国窓口」を設けた。
このイベントには、北京やその周辺の数百キロメートルにわたる地区から学生やその保護者がやってきた。このイベントは実質的に、各国の大学の中国での留学生募集のためのものである。始められたばかりの頃、このイベントに参加する大学は多くなく、ランクも低めのところがほとんどだったが、ここ数年、中国経済の快速な発展にしたがって、中国の留学市場は日増しに成熟し、国際的な有名大学も参加するようになってきた。しかし、世界でもトップクラスにあるアメリカのアイビー•リーグの大学は、このような方法で学生を引き付ける必要はない。
今年、コロンビア大学工学院に合格した北京の高校3年生の肖愚さんは、TOEFLで108点を取得した。このスコアは高いとは言えないが、長期にわたる科学研究経歴が、彼を合格へと導いた。肖さんは高校のとき学校の研究型学習課程に参加し、中国科学院のエキスパートたちと一緒に水稲の遺伝子研究を行った。それから2年の間、肖さんは休暇のたびに水稲を植えに行った。このような経験が彼の実験に対する知識や技能を大いに向上させたのだ。今年の9月に、彼はアメリカに留学する予定である。
アメリカのランキング上位10位までの大学、すなわち世界の有名校は、ここ数年、中国大陸からの優れた高卒生の受け入れ人数を増加させている。それにもかかわらず、アメリカの有名校に入った中国の学部生はやはりきわめて少ない。これらの学生は教官から高い評価を得ており、大学1年のときに教授から助手に推薦される者もいるという。英語を母語としない中国の学生が先生を助けて各国からやってきた優秀な学生を指導するのは、容易なことではない。
中国には子供の教育を重んじる伝統があり、この伝統は千年前にまで遡ることができる。現在、どんな辺鄙な小さな町にも、全国的に有名な名門中学や小学校を見つけることができる。中国の学校の手堅い基礎教育、中国の学生の広く知られている数学的素質が、中国の学生が国際的有名大学に入学するのを助けている。しかし、歴史的な原因のために、中国の学生の視野はもっと広げられる必要があり、彼らがさまざまな文化に触れるチャンスはまだまだ少ないといえる。
アメリカなどの国外の受け入れ大学の学生選抜方法は、総合的な資質による選抜である。このため、国内で先ずこの点に気付いた高校生は、あらかじめそれに対応するための準備を行い、絶え間ない努力を経て、ようやく世界のトップクラスの大学の入学許可証を受け取るのである。
現在、世界の有名大学に受け入れられている優れた高校生のほかにも、海外の大学の学部に留学、あるいは大学卒業後に海外留学をする普通の学生も増えている。一部の裕福な家庭の学生のなかには国内の大学入試に落ちたため、海外の大学に留学する者さえいる。ある時期には「海外の大学への入学はテストの点数には関係がない」という誤解さえも生まれた。あるデータによると、留学生の留学失敗率は15%で、一部の「海帰族(海外留学からの帰国者)」が「海待族(仕事が見つけられず、家で待機する『海帰族』)」になってしまう現象さえも生まれている。
海外留学――若者の成長への道
北京交通大学留学サービスセンタープロジェクト開発部の董岩主任は、次のように分析している。留学者数の絶え間ない増加のコアとなる原因は、中国経済が急速に発展し、多くの家庭で子供の留学費用を負担できるようになったことである。このほかにも、中国の高等教育がしだいにグローバル•スタンダードと軌を同じくするようになると、国外の多くの大学も中国に目を向けるようになり、さまざまな方法で中国の学生を引き付け、新入生を獲得しようとするようになった。また、国家の発展の際には多方面において資質の高い人材が必要であり、これらが渾然一体となって留学ブームを巻き起こした。
学生本人は、自分の全面的な成長に関心をもっていて、海外留学によって、彼らはそこの多元化された教育環境、国際的競争力を持つ学術レベル、完璧な教学条件や就職機会の多さを重視している。
中国大陸から香港•マカオの大学に留学した学生は、ここの対外交流と実習の機会が多い点を評価しており、90%以上の学生が「自分の能力は全面的に伸びた」と考えていて、自校に満足している者は95%以上に達する。
海外や香港•マカオの大学は、中国大陸からの絶え間ない優秀な学生の供給を受けて、もともと一つのものである大陸の大学に衝撃を与えた。北京大学、清華大学などの国内のトップクラスの大学でも、ここ数年、合格通知を与えた新入生がその権利を放棄して、海外の有名校への進学を選ぶ現象が顕著である。この現象は大学関係者の注目するところとなり、学生の選抜方式から教育改革まで一連の改革が行われた。北京大学ではすでに少人数授業が試みられており、清華大学は学生の専門実習の職場の開拓を大いに力を入れ、有名な教授も教室に戻って本科の新入生の授業を行っている。海外留学者増加による変化はこんなところにも及んでいる。
国家建設の中核となる留学帰国者
中国近代における最初の留学生は容閎である。彼は最も早く当時の進歩した西方文明をもって中国を強大にするという観念を唱えた。帰国後、彼はすぐに公費留学制度をつくり、中国近代の留学運動の序幕を開いた。
現代中国の留学生派遣の回復は1978年で、鄧小平は当時のすべてが復興しようとしているその時期に、一部の人々を留学させようとした。
一般の人が自由に留学できるようになったのは、1985年からである。1978年から2007年末にかけて、中国の海外留学者数は115万人以上で、2000年以降の海外留学者数はその70%以上を占め、現在、30万人あまりが学業を終えて帰国している。この数字は毎年15%のスピードで増加している。
2005年、中国中央テレビ局の中国経済パーソン•オブ•ザ•イヤーを獲得した鄧中翰は、1992~97年、アメリカのカリフォルニア大学バークレー校に留学し、電子工学博士、経済管理学修士、物理学修士の3つの学位を取得し、大学初の物理•工学•経済の三つの学科を跨ぐ学者となった。2005年11月15日、鄧中翰は中国のチップ設計会社「中星微電子」を率いて、「星光中国チップ」を全面的に国際市場に進出させ、アメリカのナスダック市場への上場に成功した。電子情報産業の中核技術と自社開発の知的財産権を有する初の中国IT企業としてのナスダック上場である。
初期の留学帰国者は、現在、中国の政治舞台でも注目を浴びている。
陳竺は1984年9月、フランスのパリ第七大学サン•ルイ病院血液センターの実験室で外国籍の常駐医師として勤務し、同時に博士学位をとって、のちにオーバードクターで研究を行った。1989年7月に、上海第二医科大学附属瑞金医院内科主任医師となり、上海血液学研究所所長、中国人類遺伝子組南方研究センター主任を歴任し、2000年10月、中国科学院副院長となった。彼は血液学、分子生物学など分野で傑出した成果を挙げ、フランス癌連盟のラッカサーニュ賞、国家科学技術進歩二等賞などの賞を獲得した。2007年6月、国家衛生部部長に指名され、現在、彼は中国全域をカバーする全国民医療保障体系の設立のために奔走している。
中国初の国家主権財産基金である中国投資有限責任公司の高西慶総経理は、1980年代にアメリカの有名校、デューク大学を卒業し、中国の現代証券市場の創建者の一人となった。ウォール街での勤務経験と、国際的な経歴、海外と中国資本市場に対する深い知識と全国社会保険基金副理事長時代の国内外の投資経験により、彼は第一代「海帰」グループの中でも国際投資を視野に入れることができる得難い人物と見なされている。
海外留学者は現代中国を築くための重要な力である。北京のハイテク産業基地中関村を例にとれば、2000年、中関村で経営許可書を取った留学帰国者による企業は248社しかなかったが、今や、中関村は「海帰」たちが学業を終えて帰国するときの一番の選択地となっている。8000名あまりの海外留学帰国者が創建した2200社あまりのハイテク企業は、北京の科学技術の創造力を生み出す新しい力となっている。
新東方教育集団の経営陣である徐子年も、1987年に海外へ留学した。現在、彼は海外留学をめざす人材の育成に取り組んでいる。彼が考える留学生に学んでほしい3つの力とは、就職における競争力、業界での競争力、社会を導き啓発する能力である。
ますます多くの中国人が海外留学の道を選び、中国政府側もそれに対して積極的な態度をとっている。教育部の章新勝副部長は、引き続き海外留学の規模を拡大させていき、2010年までに、毎年の海外留学者数は20万人に達する見込みであるという。
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