2008-05

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自転車に乗る生活

文•殷 溶

   ケイティ•メルアの英語の歌「Nine Million Bicycles(900万台の自転車)」の中で、「There are nine million bicycles in Beijing(北京には900万台の自転車がある)」と北京の自転車の多さが表現されている。自転車は北京ないし中国全土の人々の最も重要な交通手段であり、今では多くの人が自転車から自動車にその手段を代えたものの、自転車人気はいまだに根強い。

自転車よ、私を連れて飛んでいって

   高寅さんは27歳とまだ若いが、自転車暦は7年にもなる。最初は目先の変わった自転車で遊んでいたが、いまはもっぱらクロスカントリーや急坂下りで遊んでいる。彼の言葉を借りるならば、「好きであることがすべての始まり」なのだ。13歳のとき、高さんは初めて自分の自転車を持った。毎日、彼は自転車に乗って学校に行き、自転車の機敏さや動かしやすさが気に入った。「自転車の、自由で心の赴くままに乗れる感じが好きです。最初の頃はまだ初心者でしたから、コンクリートの台を上ったり降りたりして遊ぶのが好きでした。でも自転車の性能への要求は高くなる一方で、自転車を買うときはとても慎重に選ぶようになりました。」20歳のとき、高さんは最初のプロ向けの自転車を持った。そのとき、彼は道路にある台での遊びに飽き足らなくなり、もっと難度が高いクロスカントリーや急坂下りにチャレンジし始めた。「山道を行くときの上下に揺れる感じが好きです。征服感のようなものを覚え、自分の存在を感じます。山から下るときの時速50キロのスピードは、飛んでいるような感じです。」

   2005年、高寅さんは「自転車工作室」という名の自転車販売店をオープンし、自転車の販売と同時に、改装や修理も行った。この期間に彼は多くの自転車愛好者に出会い、彼らとともに自転車工作室クラブを結成、毎週北京郊外でトレーニングを行っている。「クラブのメンバーはみんなアマチュアなので、普段は各自の仕事に忙しく、週末だけ活動します。また、クラブとしてアマチュア自転車競技大会に参加したりします。」高さんの自転車工作室の壁は、クラブのメンバーの自転車競技の表彰状でいっぱいである。「みなとても素晴らしく、国内でも国外でも賞を取っている人もいます。自転車を通じて多くの良い友人に出会えるというのが、自転車が好きなもう一つの理由です。」高さんはウェブサイトを作り、自転車愛好者のための交流の舞台を提供している。彼はほかのクラブの主催者とともに自転車競技会を開催したこともあり、知る人ぞ知る有名人である。

   「自転車は私にとって生命の加速器で、私と私の夢を乗せて飛翔するものなのです。」

自転車での旅

   2008年3月16日、夜8時、張衛鋒さんと連れの王通さんは、雲南省で最も伝統的な雲南米線(中国南方産の米からできた麺)を味わっている。「今日は63キロ走った。朝の出発直後に、走りにくい石畳を通り、約20キロ続く上り坂を登って雪林郷に辿り着いた。雪林郷から田舎道を走り滄源県の県都に行き、さらに中国•ミャンマーの国境にそって15キロ走って、夜は雲南省臨滄市滄源県単甲郷安也村の、道で出会ったダイ族の18歳の若者蕭金強の家に泊まった。タイ族はとても客好きだけれども、初めて訪ねるときには、特に荷物を持った旅行者の場合は、ビールでも蒸留酒でも何でもどのくらいでもいいから、必ずお酒をもって行かなければならない。」張さんは自転車日記の中にこのように記している。

   自転車ファンの21歳の張衛鋒さんは今、オリンピックを記念する中国辺境を巡る長い旅の途中にいる。今回の行程は約3万キロ、9ヵ月かかる計画だ。一年半前、張さんらはこの旅行を計画をし、体力•忍耐力などのトレーニングを行ったり、キャンプや救急など基本的な生存のための技能を学んだりした。「私たちは北京の天安門から出発し、中国大陸の国境を一回りしてから、北京オリンピック開幕の前日に北京に帰着する予定です。このような旅行を通じて私たちは体力と忍耐力を養い、オリンピック精神を味わうことができます。」

   張衛鋒さんは普段から自転車愛好者だ。「私の専門は観光管理ですから、旅行もとても好きです。自転車を使った旅はコストが低く、環境によいものです。さらに重要なのは、停まりたくなったら停まり、走りたくなったら走るという自由さで、思う存分に大自然に触れることができ、地元の民俗を楽しめます。」「自転車は私にとって、単なる気晴らしや娯楽ではなく、大切な仲間です。一緒に走ったり停まったり、道沿いの風景や楽しさをともに享受するものなのです」と、張衛鋒さんは語る。