
大晦日の夜、興奮のあまり阿珍さんは一晩中眠れなかった。オンドリの甲高い鳴声に、彼女の思いは打ち破られた。これはオンドリの3回目の鳴き声だ。「ニワトリが3回時を告げれば空は明るくなる」と客家の諺にある。阿珍さんが目を開けて窓の外を見やると、空はすでに微かに明るくなっていて、壁に掛けられた時計は5時20分を指していた。
「バン、バン」と鳴り始めた爆竹。阿珍さんが起きて最初にやることはお湯を沸かすことだ。この冬は特別に寒かった。熱帯にある広州市深圳に50年間住んでいる彼女には、これほどの寒さは初めてだ。家族に朝ご飯をつくるほかにも、ニワトリを絞めなければいけない。年に一度の春の祭祀儀式の仕度をするのだ。
供え物を準備したのち、線香を焚いて東に向って天神さまを3回拝んでから、阿珍さんは荷を肩に担いで出かけた。毎年この日には、彼女と村のすべての老若男女は、「3つの犠牲」の供え物の入った籠を担いで、数百メートルの古い壁をにそって歩いて古い住居に戻り、祖先を祀る。今年は村の株式会社の収益がよかったため、外で稼いでいた数人の従兄弟も村に戻ってきた。村長と数人の長老たちが相談し、今年は春の祭祀を盛大に行い、皆から金を募って家系図を修理しようと決めた。
「大万世居」の由来
この古い囲いのある民居は「大万世居」といい、曾という姓の客家一族が清の康煕年間に建てたもので、深圳市竜岡区坪山にある。記録によれば曾家が代々住んできた住居で、先祖を祀る祠のある中央のホールには「東魯旧家」という額が掲げられ、曾家の出身地が山東の武城(現在の山東省嘉祥県)であることを示している。千百年にわたる中原の知識人の南への移動に従い南下し、明代には広東梅県の興寧にあり、曾広新公と呼ばれた。500年もの間、広新公の子孫は数え切れないほどに増え、興寧など多くの地で生活している。深圳の竜岡にいる人々もその子孫である。
西向きのこの住居は、全体が回の字形をしており、敷地面積が約2万5000平方メートル、建築面積が1万6600平方メートルで、全国でも大きい客家住宅のうちのひとつである。この住居は内外2重の建物からなり、主要建築は土木構造である。重量を支える壁は、石灰•砂•粘土を混ぜて水でこね突き固めたもので、外壁の厚さは1メートル、高さは6メートルもある。周りには望楼がある。中庭と廊下が相通じ、約400間の部屋がある。
この古くて素朴な建物は、人が住んでいないためボロボロになっているが、前面の門は依然として威風堂々としており、「大万世居」という額の4つの文字はピカピカと煌いている。建物の中央にある「端義公祠」の2つの庭つきの建物は、依然として色鮮やかで、線香の煙があたりを漂うため、祠の上部にある「追遠堂」の額がぼんやりとかすんで見える。「追遠堂」の名は、曾家の祖先で聖人である曾子の言葉、「終わりを慎み遠きを追う(死者を厚く弔い,先祖を忘れない)」から取ったもので、曾子に対する思いが託されている。
住いと共に残された民俗
大万世居にはユニークな住まいのほかにも、古い独特な民間習俗が200年の風雨を経て保存されている。そこには、住居の建設者の徳を崇め、孝や義を重んじ、晴耕雨読を勧める家訓を伝える数多くの対聯と額がある。祠の内部は精緻な彫刻と彩色が施されている。一部は壊れているが、壁に草書で王勃の『騰王閣序』、孟浩然の『春暁』、王之渙『鸛雀楼に登る』などの詩が書かれ、いまだ読むことができる。「八仙」、「寿老人」などをモチーフにした壁画は、依然として色鮮やかで生き生きと真に迫っている。
大万世居には、今は人が住んでいないが、年中行事や節句などの行事はいまださかんに催されている。そのうち、もっとも賑やかなのは旧正月の2日で、村人は家族を連れで祠に集まってくる。祭壇には、家々から運ばれてきたブタ、ニワトリ、魚の3つの犠牲や、酒、茶、果物などが供えられ、苦難をなめて開拓してきた祖先の業績を偲ぶ。家族の長老が儀式の司会を務め、皆に先立ちまず線香を焚き、続いて酒と3つの犠牲を捧げてから、若者に祖先を忘れないようにと申し渡す。村の若者たちは、銅鑼と楽器の伴奏でキリン舞を踊って一周し、祖先に礼拝をする。数百年もの間、盛大な祖先祭祀は絶えず続けられている。
旧正月の2日、15日は、客家人の盛大な祭日で、夜も昼も灯をつけて明るくして祝う。端午節、清明節、中秋節、重陽節などの節句も、爆竹を鳴らしたり、キリン舞いを踊ったり、歌を歌ったりして賑やかに祀る。イヌ年や猪年などのめでたい年の正月15日には、家の老人は提灯をつくり、ヨモギ、リンゴ、ネギなどで飾り名前を書いてから、祠の梁に掛ける。世代の違う男性が同じ日に祀った場合、目上の人の提灯が高いところに掛けられる。
阿珍さんもほかの人と同じように、1980年代以後、古い住いから外に移り、野良仕事もしなくなった。今は古い住まいから離れた町のマンションに住んでおり、祭祀のとき以外はめったに戻らない。1984年9月、大万世居は深圳市に市級文化財、2007年7月に広東省の省級文化財に指定された。現在、これらの貴重な客家文化を計画的に保護するため、博物館が設けられており、古い文化財が新しい時代に再び新たな光彩を放ち、代々伝えられてゆくよう望まれている。
|