2002-07

中国で暮らす外国人



外国人教師の生命を救った南通市民の8時間


文/李小編  写真/徐 明

    「O型RHマイナス」。西洋人にはよく見られる血液型であるが、中国では300人から400人に一人しか見られない血液型である。江蘇省南通市では、一人のイギリス人教師を救うため、全市民を総動員して手術に必要な血液を探した。一刻一秒を争う緊急事態に、5人の青年学生、一般の会社員、リストラ退職者が駆けつけ、1200ccの「命の血液」を手術台へと届けたのである。

    

南通市のボランティア活動の日、恋人のゲイリーさんと街に出て英語のインフォメーション係を務めるステファンさん。

看護を受けるステファンさん

マンチェスターから来た教師
    2002年2月20日、イギリス・マンチェスターの教師ステファンさんとガールフレンドのゲイリーさんは、江蘇省南通市の紫琅中・高学校で教師を務めることになった。ステファンさんは高等部、ゲイリーさんは中等部で、それぞれ教壇に立つ以外、課外活動にも力を入れ生徒たちの人気を集めていた。
    3月7日午前、ステファンさんは喉に痛みを覚えて学校の近くの病院に行く。しかしこの時、腹部に感じる圧迫感については特に注意することもなく、医師に報告せずにいたため、医師は問診の結果に従って、通常の風邪に対する点滴療法を行ったのである。学校の幹部指導者が大事をとって入院するように勧めたが、授業が遅れることを恐れたステファンさんはそれに従わなかった。翌日の午後2時半ごろのこと、再び点滴を受けたステファンさんは突然嘔吐し、血圧が急激に下がってショック状態に陥ってしまう。付き添っていた二人の副校長は急いで120にダイヤルして救急車を呼び、ステファンさんは中国衛生部の指定する国際緊急援助センター・ネットワーク病院の一つである、南通医学院付属医院に搬送された。

緊急事態発生!
    病院の指導者と各診療科の専門家は迅速な行動をとった。患者の体は内出血を起こしている。各種・各部位の検査結果が次々と送られて来た。呼吸器系統に出血はない、食道のも違う。いったい出血部分はどこにあるのか?病状が明らかにできないまま、医師はショック状態に対する治療を先行させること決定した。そして午後6時30分、超音波検査によってステファンさんが脾臓破裂を起こしていることが明らかになった。一刻の猶予もない、緊急手術が必要であった。
    手術の準備は着々と進められた。外科のベテラン専門家が執刀し、麻酔科主任が麻酔医師を担当する。しかし、化学検査室から伝えられた知らせに誰もが凍りついた。「患者の血液型は0型RHマイナス、西洋人には一般的な血液型だが、中国人には300~400人に一人しかない血液型だ」
    ステファンさんの血液中のヘモグロビンは急激に数値を下げ、出血量は4000ccに達していた。これは対内血液量の70%に当たる。もしも80%以上の血液が失われれば手術を行うことができなくなり、患者の生命は保証できなくなる。どこを探せばこの希少な血液型の献血者を見つけることができるのか?4万人の献血志願者に15人しかいない、少なくとも1200ccは必要となる「命の血液」を。
    ステファンさんの安否は南通各界の人々の関心を集めた。季金虎副市長は各部門の指導者と協議して「どんな代償を払っても、全力を挙げて南通市の教育事業を支援してくれている外国人教師の命を救う」と繰り返し強調した。本来は簡単なものであるはずの手術が、南通市始まって以来の市民を巻き込んだ大事件となった。死神との一刻を争う戦いが始まったのである。

健康を取り戻し、南通市に戻ったステファンさん。

ステファンさんに血液を提供した5人の南通市民。(左から潘茘萍

センターの血液貯蔵庫にストック無し
    病院側が患者の血液型を確定してから一時間内のこと、赤十字会南通センターステーションの王平ステーション長は救援要請の電話を受け、体から汗が噴き出した。血液ステーションにこのタイプの血液がなかったからである。ステーションの血液コーディネートグループは二つの緊急行動を起こす。一つは、他の市の血液ステーションに連絡を取ること、そして、もう一つは南通市内で登録されているO型RHマイナスの血液の提供者を探すことである。
    ステーションは上海、南京、塩城、淮安、靖江など四方八方に電話で問い合わせた。返って来る情報でわかったことは、南京と啓東の2ヶ所にだけ400ccのこのタイプの鮮血が保存されており、他の市には冷凍血液しかないということだった。冷凍血液は解凍に6時間もかかる、これでは急を要するこの事態に間に合うわけがなかった。
    啓東の血液センターから200ccの鮮血が遠路はるばる送られてきたが、これでは焼け石に水である。時間は刻一刻と過ぎ、市外からの血液調達の希望は断念せざるを得なくなってきた。
    市内の血液提供者の捜索も同時に進められていた。コンピュータのディスプレイは2000年以降に登録された献血志願者4万人の中の15人を表示している。
    希望は彼らだ!
    だが、彼らは今いったいどこにいるのか?

血液ステーションに駆けつけた南通市民たち
    一介の市民たちが無償の援助の手を差し伸べた。
     「急いで!血液ステーションがあなたを探しているわよ」午後7時30分、図書館にいたところ、クラスメイトから突然こう告げられた南通師範学院の学生・潘茘萍さんは、考えるより早く外に飛び出した。同じ頃、同学院の中国文学科・女子学生指導センターの責任者である王淑華さんも救援要請の電話を受けていた。二人が指示通りに校門に出てみると、そこには血液ステーションの車が待機していた。
    午後9時05分、駆けつけた潘茘萍さんと王淑華さんから400ccの最初の「命の血液」が採取され、病院に送られていった。その他の提供者探しはまだ続いていたが、医師は手術の開始を決断する。
    執刀医が直面している第一の問題は、開腹すれば多量の鮮血が噴出するおそれがあることだった。もしも、即時に止血できなければ、血液が大量に失われ患者の命も危うくなる。病院の指導者は更に手術の方法に検討を加え、開腹に伴う出血を輸血に回す応急措置を考えていた。
    同時に、病院から外国に派遣され、多くの医療経験を積んだ范亜平医師がゲイリーさんに対して英語で慎重にインターフォームド・コンセントを行った。これによって落ち着きを取り戻したゲイリーさんは、マンチェスターにいるステファンさんの両親に国際電話で連絡を取り、彼らの承諾を得た上で、手術のための書類にサインする。
    手術は開始された。まず、開腹とともに噴き出した2000ccの内出血から凝固した血液が迅速に取り除かれ、脾臓が摘出されて出血も治まった。
    午後10時30分、手術が終了する。しかし、このときステファンさんは極度の貧血状態で、このまま血液源が確保されなければ、彼の命は依然危険な状態にあるといわねばならなかった。
    血が、あと数百cc必要だ。

さん、王樹磊さん、張暁冬さん、張麗萍

さん、王淑華さん)

    狼山に住む若い女性・張麗萍さんは勤め先をリストラ退職してから、地元の個人企業でアルバイトをして家計を支えている。彼女の家に血液ステーションからの電話が入ったとき、彼女はちょうど夜勤に出て不在であったが、彼女の母親は外国人の命を救うために娘の血が必要だと聞くと、何としても役に立たねばならないと思い、娘に連絡を取った。こうして知らせを聞いた張麗萍さんは直ちにタクシーに乗り込み、血液ステーションへと向かったのである。市の郊外の農村信用連絡社(農村を中心にした金融機関)の職員・張暁冬さん、航運学院の学生・王樹磊さん、彼らも何人もの人の協力を経てようやく探し出され、その誰もが事情を知ると迷うことなく血液ステーションに駆けつけたのである。
    このようにして、生死の境をさ迷う命の蘇生が開始されると、傍らで見守っていたゲイリーさんは目に涙を浮かべ、「救われたわ、ステファンの命が救われた」とマンチェスターの彼の実家に連絡した。
     3月21日、療養先の香港から南通市に帰ってきたステファンさんは、飛行場で学院の同僚教師と市の指導者たちの熱烈な歓迎を受けた。彼はここでも南通市の人々の温かい心遣いに感動を受ける。そして、彼は言った。
    「今度のことは一生忘れません。南通の皆さんに救われた命です。僕の体に流れているのは中国人の血なのですから」