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空から三峡を鳥瞰する 写真/黄正平
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三峡の新しい観光スポット・九皖渓。地元の人々も観光業で潤っている。
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中国西北部の青蔵(青海・チベット)高原に源を発する長江は、滔々と東へ流れて上海に至り、東中国海に流れ込む。西から東へ蛇行しながら流れる長江。その上流の四川省の奉節から湖北省の宜昌までの200キロメートルの区間には4000年の歳月の間に形成された世界的にも稀に見る自然景観がある。瞿塘峡、巫峡、西陵峡からなる長江三峡は「峡谷ギャラリー」と呼ばれ、雄大、奇抜、険阻、秀麗の4つの特色で知られている。
2003年6月に三峡ダムの水門を降ろして貯水を開始し、水位は海抜135メートルまで上昇した。数年間はこの水位を維持し、2007年に更に156メートルにまで上げることになっている。2009年に三峡ダムプロジェクトが完了すれば、水位は最終的に175メートルになる。
三峡ダムの建設は三峡と長江全体の自然景観にどんな影響をもたらしたのか?ダムの水位が135メートルに上がったことで三峡の風景はどう変わったのか?三峡景観は失われてしまったのだろうか?
昔日の姿をとどめる三峡
三峡ダムの貯水後、上流に大きな湖ができたことで新しい景観が生まれたが、三峡のその雄大、奇抜、険阻、秀麗の特色は変ってはいない。例えば雄大さで知られる瞿塘峡と幽寂な美しさで知られる巫峡は、両岸の峰々の標高がいずれも1000〜1500メートルの間にあり、例え水位が175メートルに達しても両峡谷の水位は30〜80メートル上昇するのみである。
ダム貯水後も巫峡一の観光名所として知られる標高922メートルの神女峰も変わりなくその美しい姿を見せている。水位が上がっても、水はその山麓を潤すに過ぎない。鬼城の?都、石宝寨、白帝城などの観光名所は山腹まで水没したが、山全体には霧に包まれた天上界のような神秘的なムードが加味された。
ダムに最も近い西陵峡は比較的大きな影響を被った。この峡谷の両岸の峰の標高は500メートルほどで、貯水後は峡谷が浅くなったような印象を受けるが、峡谷全体の風景は変わっていない。
専門家によると、山峡ダムの貯水が175メートルになると、その水位も季節によってかなり操作されることになる。長江中・下流域を洪水から守るため、毎年5月から7月までの増水期には三峡ダムの水位は175メートルから145メートルに下がることになるが、この時期はちょうど観光のシーズンに当たっており、峰々は高く、峡谷は深くなって、「昔日の三峡」が再現されるのだそうだ。
魅力の尽きない新しい三峡
三峡ダムの貯水に伴い、三峡には「高き峡谷に湖が出現する」という新しい景観が誕生した。古い三峡の景色は以前のまま変らず、更に新しい観光名所が数多く現われ、三峡はいっそう美しくなった。
三峡ダムの完成するにしたがって、ダム区および三峡区間の長江両岸では、今まで隠れていた景観が続々と現われ、三峡観光はこれまで以上に豊富多彩になった。馬渡河のミニ三峡を例にすると、以前ならばこの区間は水面が狭くて小さな舟しか入ることができなかったが、水位が上昇したことで大型観光船も航行が可能になっている。
また長江両岸の谷や溝に水が流れ込んだため、多くの小島が生まれ、美しい第二の千島湖ができた。
三峡水利センター自身も三峡の重要な観光ポイントである。最終的に長さ2000メートルになる三峡ダムは、長江に跨る「水上の長城」として、内外の観光客を引き付けるに違いない。
三峡ダム区の周囲では、三峡最高点の黄牛岩、姉帰の三峡真珠観光タワー、帰州の古城、青灘の民居、観光用の埠頭などの投資総額3億9000万元にのぼる観光プロジェクトが次々と完工しており、三峡の新しい観光起点となっている。
また、新しく建てられた移民村も三峡観光の重要な構成部分である。水位が135メートルに達した時点で、ダムの西400キロメートルの範囲にある重慶市と湖北省が管轄していた数十ヵ所の都市・町が水没した。水底に広がる果樹園、古い城壁、板石屋根の家屋、栗石敷きの小道、黒いレンガに緑瓦なども観光名所のひとつである。こうした廃墟のほかにも、かつてない新しい風景が現われた。即ち両岸の緑に覆われた高山の山腹に点在する白い壁と黒い瓦の美しい二階建ての建物群である。このような新しく建設された移民村が、三峡を起点に宜昌から沙市、更に城陵磯から武漢までと、長江中流域に真珠のように連なっている。
三峡観光はますます便利になっている。以前、三峡に行くには主に船を利用しなければならず、その他の交通は非常に不便であった。今後、水路に加えて高速道路や鉄道が開通すれば、水三峡観光にはもっと安全に、便利に、快適になることだろう。
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三峡一の観光名所――巫峡の神女峰。ダム貯水前の神女峰(2002年12月撮影)と水位が135mに上昇した2日後の神女峰。 写真/聶栄臣
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