2004-08

中国の障害者スポーツ事情その2

 


片足で栄光の道を歩む汪娟選手

文/姜 里
2002年の第3回世界障害者陸上競技選手権大会に参加し、女子T100m走で金メダルを、200m走で銀メダルを獲得した汪娟選手。
2004年3月に湖南省の益陽で開催された全国陸上競技選手権大会の走り幅跳びで優勝し、汪娟選手はアテネ・パラリンピックの出場権を手にした。
2002年の釜山フェスピック開会式で、中国選手団の旗手を務めた。
今年25歳になる北京の女性・汪娟さんは、楽しくて幸せな少女時代を過ごした。小学生の頃は毎年「三好学生(成績、品性、体育に優れた生徒)」に選ばれ、4年間習ったアコーデオンでは区のコンクールで3位に入賞した。北京市小中学校運動会に出場では800m走で第5位になったこともある。徳育、知育、体育共に優れた優等生、誰もが汪娟さんの未来を明るいものと信じていた。しかし、美しい青春が始まろうとする13歳の年、彼女は交通事故で右足を失い、彼女を包んでいた光は一瞬にして闇に変ってしまう。
 片足を失う。思いもしなかった不幸に見舞われ、生きる希望も失い、彼女は涙が涸れるまで泣き続けた。そして、病院のベッドの傍らに座っていた父親に、「パパ、また学校に行けるようになる?スカートをはける?これからも走ることができる?」と、力なく訊くのだった。娘がやっとの思いで口にした質問に、優しい父親は「もちろん出来るさ!」と、力強く応えた。父の声に励まされた汪娟さんは、「しっかり生きていこう!自暴自棄にはならない!」と心の中で誓う。その後、義足をつけた彼女は1994年の夏休みに偶然から再びスポーツ活動に参加し、第6回フェスピックの女子車椅子フェンシングのフルーレとエペの競技に出場した。もともとスポーツ好きだった汪娟さんは、再びスポーツに参加できることが嬉しくてたまらなかったという。
トレーニング中の汪娟さん
フェスピックの後、彼女はトレーニング種目を陸上競技に変えた。長く、激しいトレーニングを続けていると、義足が足の皮膚に食い込んで血が流れることがある。それでも、汪娟さんは痛みに耐えてトレーニングを休まなかった。1998年8月、そんな努力が実り、彼女は初めて陸上選手としてイギリスのバーミンガムで開かれた世界障害者陸上競技選手権に出場する。義足にまだ十分慣れていないことと、試合経験の無さが原因して、100m走ではドイツの記録保持者に微妙な差で敗れはしたものの、成績はアメリカの選手と同着の3位であった。このとき1着に入ったドイツの選手のタイムは14秒86、世界新記録である。世界のトップクラスとの差を思い知った汪娟さんは、世界の頂点を目指そうと決心する。帰国後の彼女はトレーニングに没入し、国際競技でランキングを上げ、自分の夢に着実に近づいていった。
そして、1999年にタイで開かれた第7回フェスピックで、汪娟さんは100m、400m、走り幅跳びの3種目に出場し、遂に金メダルを手にした。その後も火山が噴火したように彼女はエネルギーを放出し続け、次々と国際競技会に出場し、金メダル、銀メダルを獲得している。まず、1999年9月にドイツで開かれたパラリンピックの上位選手を集めた競技会に出場、100m走で世界記録を更新して金メダルに輝く。2000年にはシドニーのパラリンピックに出場し、100m走と200m走で銅メダルを獲得。同年8月にフランスで開かれた第3回世界障害者陸上選手権では、100m走の世界記録を更新して優勝、200m走でも銀メダルを獲得する。その後も勢いは止まらず、2002年11月の釜山フェスピックでは200m走で銀メダルを獲得、2003年の5月に南京で開かれた第6回全国障害者スポーツ大会では100m走、200m走、走り幅跳びの3種目で金メダルを手にした。しかも、走り幅跳びは世界新記録をマークしている。更にそのわずか3ヵ月後の8月には、ニュージーランド世界車椅子スポーツ大会に出場し、100m走、200m走で金メダルを、走り幅跳びでは銀メダルをそれぞれ獲得した。現在、彼女はA4級100m走のチャンピンであり、この種目の世界記録保持者である。
2004年の夏、汪娟さんは北京体育大学の競技体育学院を卒業した。しかし、大学の歴史には彼女の名前が永遠に残ることだろう。

 片足を失ったショックで生きる希望さえ失った少女が、世界の頂点に立つという夢を実現した。2003年の釜山フェスピックの開会式で中国選手団の旗手を務めたことを、汪娟さんは今も誇らしく思っている。
長年の厳しいトレーニングによって、彼女は強さと不屈の精神を手に入れた。2000年の秋、シドニー・パラリンピックから帰国した彼女は北京体育大学に入学し、1人の大学生になった。北京体育大学創立50年の歴史の中で、彼女は唯一入学を許可された障害者である。
2001年に北京で開催された第21回ユニバーシアードには選手として参加しなかったが、幸運なことに開会式で聖火の点火役という大役を与えられ、汪娟さんもこの壮大な開幕セレモニーに参加することができた。努力は必ず報われる。2002年、2003年と立て続けに汪娟さんは中国テレビが選定するスポーツ大賞の年度最優秀選手に選ばれ、2004年に入ってからも北京市から「三八紅旗手(国際女性デーにちなんだ女性の栄誉賞)」の称号を贈られ、北京市の「10人の女傑」にも選出されている。