●中国の障害者スポーツ事情その2 ●
片足を失ったショックで生きる希望さえ失った少女が、世界の頂点に立つという夢を実現した。2003年の釜山フェスピックの開会式で中国選手団の旗手を務めたことを、汪娟さんは今も誇らしく思っている。 長年の厳しいトレーニングによって、彼女は強さと不屈の精神を手に入れた。2000年の秋、シドニー・パラリンピックから帰国した彼女は北京体育大学に入学し、1人の大学生になった。北京体育大学創立50年の歴史の中で、彼女は唯一入学を許可された障害者である。 2001年に北京で開催された第21回ユニバーシアードには選手として参加しなかったが、幸運なことに開会式で聖火の点火役という大役を与えられ、汪娟さんもこの壮大な開幕セレモニーに参加することができた。努力は必ず報われる。2002年、2003年と立て続けに汪娟さんは中国テレビが選定するスポーツ大賞の年度最優秀選手に選ばれ、2004年に入ってからも北京市から「三八紅旗手(国際女性デーにちなんだ女性の栄誉賞)」の称号を贈られ、北京市の「10人の女傑」にも選出されている。