2004-08

●旅行ガイド特集



上海郊外の静かな水郷・朱家角


文/解 ?  写真/陳 盛  王 蕾

江南の古い水郷といえば、多くの人は周荘を思い浮かべ、朱家角など聞いたこともないかも知れない。朱家角は上海の西郊外に位置する淀山湖のほとりにある面積138キロ平方メートルの町で、旧村落の面積は2.8平方キロメートル。これは周荘の3倍以上の広さになる。朱家角が最初の繁栄を迎えたのは明の万暦年間で、当時は地方からの物品が集まる商業の中心の一つとなり、清代に入る頃には「繁華街の長さは三里に及び、店舗は千軒に及ぶ」と言われるほどの賑わいを見せたと。900年の歴史を持つ周荘は小さな碧玉のような美しさを持っているが、千年の歴史を有する朱家角には麗な家屋敷が並び、活気に溢れている。

黄昏の放生橋
初夏の光に照らされていっそう輝きを増す朱家角の小川

朱家角はずっと訪れてみたいと思っていた町だ。その思いは憧れとなって長く私の心に留まり、時を経ても消えることはなかった。
 初夏のある週末、午後の太陽が照りつけるその中、私たちは上海の老成都北路と延安路の交差点近くで、青浦朱家角行きの直通バスに乗り込んだ。運賃は7元。青平自動車道を1時間ほど走ると夢にまで見た朱家角である。
 朱家角停留所で下車した私は、近くの売店で3元を払って朱家角の観光地図を買った。これが今回の朱家角旅行のガイドになってくれる。
 一時間ほど旧村落を散策し、次の朝に早茶(広東の飲茶と同じく、午前にお茶と軽食を楽しむ食事)に行く店を決めから、この日は夕食を済ませて就寝した。

川沿いに並んだ家々

一.食事 今夜の宿を探すうち、私たちは宿に決めた課植園客桟(客桟は旅館の意)からそう遠くない西井街の中竜橋の袂に手ごろな店を見つけた。30代の夫婦が経営する店で、料理はすべてご主人が作っている。郷土色に富んだ店で、家庭的な雰囲気がよい。小川に近いテーブルに着き、新鮮な空気と朱家角ならではの郷土料理を味わう。何とも心地良いひと時だ。奥さんを驚かせるほど多くの料理を頼んだが、私たちはそのどれをも平らげてしまった。
二.旅館 朱家角の旧村落はそう大きくないため、現地政府は旧村落内に私営の宿泊施設を建設することを認可しておらず、宿泊施設は必然的に少ない。私たちは選んだのは朱家角の西北にある朱家角最大の庭園式建築を誇る課植園客桟だった。この庭園式の邸宅を建てた人物の名が馬文卿といったため、地元では「馬家花園」とも呼ばれている。「課植」は主の「課読之余不忘耕植(勉学の合間にも、農作業を忘れない)」と言う家訓から来ている。宿泊費はバス・トイレつきのツインで1泊160元。清潔な部屋と静かな環境、そして古色蒼然とした家具が嬉しい。しかし、翌朝は客桟に隣接する学校が5時45分から起床の合図の行進曲を流すので、私たちは嫌でも目を覚まさなければならなかった。朝もやの中、フロント脇の小さな門をくぐって課植園の中庭に出た。宿泊客は無料で庭園を見ることができる。庭園の規模はもとの半分になったそうだが、それでも当時の主の趣味の良さが伝わってくる。それは高価な石や銘木が揃えられているということではなく、設計全体から滲み出るものである。朱家角に来たら、この庭園は必見だろうと、私たちは思った。
三.早茶 朝のうちに庭園を見終わった私たちは、北大街の「江南第一茶楼」に出かけた。店内は、すでに朝のお茶を楽しみに来たお年寄りでいっぱいだ。朝のお茶はお年寄りにとって欠くことのできない生活の一部になっている。将棋盤を囲み、世間話に花を咲かせる彼らの顔には満足げな笑みが溢れ、私たちのような観光客も親切に歓迎してくれた。こんなに早くから来る観光客が珍しいからか、まるで地元の人間のように親しくしてくれる。ここのお茶は安く、1杯1元、軽食も栗と肉のチマキが1元、漬物と肉をネギ油であえた具の麺が3.5元である。河に面した茶楼に座り、漕ぎ出て行く船や、向こう岸の朝市に漕ぎ着け野菜や水産物を売る小舟、停泊中の観光客用の遊覧船を眺める。都会の朝の喧騒とラッシュを思い出すと、この静かな土地が桃源郷のように思えてくる。

重厚な瓦に歴史の重みを感じる

ペンキが塗られたばかりの門の中には、古い民家とここに千年以上も住み続けてきた人々がいて、江南の昔ながらの伝統を大切に守っている。朱家角は二筋の小川と、その間を繋ぐように流れる一筋の大河で構成されており、民家は街道を表に川を裏にするように建てられていた。家々のバルコニーや庭先では虞美人草が色鮮やかに咲き、石畳の道では、おばさんたちが背を丸めながら夫の愚痴だろうか、おしゃべりに夢中になっている。半開きの木戸の奥に女性が楽しそうに料理をしているのが見えた。江南の家庭料理はシンプルだが、その匂いは食欲をそそる。狭い路地で売られているチマキや焼料理、具入りのモチなどの土地の軽食は、食べてみなくても匂いだけで十分その美味しさが分かる。
 朱家角の景観区の中心にある広々とした「放生橋」は清の中期に掛けられてもので、朱家角のシンボルでもある。この橋に立てば朱家角の町並みが一望できる。このような広い橋とその足下を流れる大河は、朱家角以外の水郷には見られない。この「放生橋」があるため、朱家角の町並みは繊細でありながら、どこか豪気な感じがするのだ。
 朱家角の旧村落には、石のアーチ橋、石板の橋、レンガと木材の橋など、古い橋が36残されている。清代の橋も20余りが今も完全な形を保っている。
 朱家角の街を歩けば、多くの人が「東洋のベニス」と呼ぶのも納得できることだろう。

古鎮の情緒に富んだ街角を散策する観光客
朱家角の郷土料理のひとつ、ほどよく味付けられた枝豆
清代の郵便局。今は一般に公開されている。