2004-08

●中国の少数民族



山間で農業を営み続けるマオナン族


文と写真/王国良

貴州省に隣接する広西チワン族自治区。その北部に環江マオナン族自治県はある。ここには漢、マオナン、チワン、ヤオ、ミャオ、モウラオなどの各民族が暮らしているが、総人口40万の実に16.2%をマオナン族が占めている。マオナン族が最も集中している地域である。

石垣を築き、その上に土を盛って開いた水田。マオナン族は厳しい環境条件を克服しながら、耕作を続けてきた。
村の人々が楽しみにしている若者の仮面の舞
通常の儀礼に従い、宴会を開いて来客をもてなすマオナン族。

緑に覆われた茅灘山周辺の山々に、中国の少数民族の一つ、総人口わずか10.72万人のマオナン族の約65%が暮らしている。
マオナン族は秦・漢時代(紀元前221−紀元220)の「百越人」の一支系と、隋・唐時代(581-907)の広西一帯の土着民・「僚人」の子孫と言われ、後にマオナン地域に進入してきた漢民族もこれに加わった。明・清時代にこの地域に現われたチワン、マオナン、モウラオなどの民族は、いずれも「僚人」から分化した民族である。マオナン族には独自の言語があるが、文字はない。長きにわたって漢族、チワン族と交流してきたため、ほとんどは漢語とチワン語に通じている。
マオナン族には同じ姓の人が集まって住む習慣があり、ほとんどは茅灘山を中心とする環江県の下南、中南、上南の各地に住んでいる。ここは農耕や牧畜に適した亜熱帯気候であるため、農業を主に営んできた。彼らは稲のほかにトウモロコシや粟、小麦、綿花と煙草を栽培する。マオナン族の家を訪れると、彼らはきっと「マオナン飯」でもてなしてくれるだろう。「マオナン飯」はマオナン族の主食で、煮たタケノコにトウモロコシの粉、サヤインゲン、カボチャ、ショウガを入れ、これを煮てから、カボチャの苗や花、適量の唐辛子、油、塩を入れてつくる。天然の野菜、瓜と果物を主としたもので、色も味もよく、栄養に富んでいる。
マオナン族の家屋は山の斜面に沿って築かれた欄干つきのもので、すでに2000年以上の歴史がある。竹を編んだ屋根と木の壁、屋根には物干し台があり、採光がよく通気性が良いため湿気が屋内にたまらない。柱や階段、家の基礎、山形の壁、敷居、牛小屋、机、椅子、水甕などは、すべて切り出した石か石をくり貫いたもので、表面には花、鳥、魚、虫、人物などの美しい紋様が彫られている。彫刻をする時、彼らは一切下書きをせず、即興的に彫り進めていく。本来なら冷たく見える石が、マオナンの人々の器用な手で生命を吹き込まれ、芸術品に生まれ変わるのだ。このような彫刻手法は、マオナン族の文化の一つとして今日までに伝わっている。

子供たちの流暢な英語に驚く外国人観光客。

山間地帯は耕地が不足しているため、マオナン族は山腹に石垣を築き、その上に土を盛って農地を開いた。地理的条件は悪いが、入念に耕作されてきた田畑は生産性が高い。密植、相作、間作など彼らの間に代々伝わってきた農耕技法は、嶺南西部地域の農業生産に豊かな経験的資料を提供してくれている。
耕地に恵まれないマオナン族は土地を金と同じように大切にし、耕作が可能な地域はどんな悪条件の土地でも開墾してきた。また、山を覆う草地を利用した牧畜業が盛んで、マオナン族のどの家庭でも食用牛を飼っている。彼らが飼う牛は肉牛の中でも最高級品として、国内各地だけでなく香港・マカオ地域にも輸出されている。牛肉と、これに並ぶ特産品のジャガイモ、そして「花竹帽(直径60cmくらいで80-90種の図案を編みこんだ竹笠。若者たちはこれを愛情の証として贈り物にする)」は、マオナン郷の三大名産品となっている。


(本文は国務院貧困援助弁公室副主任による)

山の斜面に沿って築かれたマオナン族の欄干つき家屋
村の人々が楽しみにしている若者の仮面の舞
金竹で編んだ「花竹帽」。雨よけや日よけとして用いられるほか、装飾品や恋人へのプレゼントにもされる。マオナン族の娘たちは片時もこの笠を手放さない。