2004-12

ステージ&スクリーン



田壮壮監督のドキュメンタリー映画 

『茶馬古道―ドラム』

文/王永強
    
第五世代の監督の一人 田壮壮監

中国雲南省には1000年もの間、馬の背に茶や塩、食料を積んでチベットや東南年アジアの国々へと運んでいた古い街道がある。高峰の間に開かれた「茶馬古道」である。
 雲南省西北のヌー川流域に住む人々の生活を記録したドキュメンタリー映画『茶馬古道―ドラム』は、中国第五世代の旗手の一人・田壮壮監督が1999年から準備に取り掛かり、撮影に5年をかけた大作である。
 何の解説もなく、雲南を賛美する意図もないチベットの美しい景色を記録した映画は、絵のように美しい山村・ビンヂョルロのロングショットで始まる。映画の内容は雲南のビンヂョルロからチベットのザワロンまでの全長93キロの道のりを馬で移動する馬の輸送隊が、旅の途中で実際に出会い、体験した出来事をつづったものである。
「中国の庶民をこれほどまでに美しく、厳格に映し出した作品を見たことがない」。これは、『茶馬古道―ドラム』を観た田監督の友人の感想である。厳格な思い。これは田監督自身がヌー川流域の自然と、そこに住む人々に寄せる気持ちである。監督はこの地を「神に最も近い場所」と考え、ここで暮らす人々とその暮らしを「現代の神話」だと捉えている。
 我々はその神話を6種類の言葉で交流する15人の人々を通して見ることができる。現在84歳の労教師、三つの世紀を体験した百歳を超えるヌー族の老人、輸送隊の馬方たちの間では伝説な人物である82歳の老親方、恋愛経験もある若いラマ僧、すべての縁談を断り続けながら外の世界に夢をはせる女性教師……。彼らの宗教観、死生観、過酷な生活環境の中での喜びと悲哀。この作品はヌー川流域の社会群像を完璧に切り取っている。

世界中で高い評価を得た『茶馬古道―ドラム』のタイトル・カット
3世紀を生きた100歳を越えるヌー族の老人。田監督も敬意を払わずにはおれない。
山村の畑を行くロケ隊

田壮壮監督は、これまでの映画作りで培った構成、人間の描写、証明、色彩、アングルなどすべての技術をこの作品に注いだ。ヌー川の渓谷、激流、砕けた石が積もった坂が力強い背景となり、雲南特有の自然生態環境がリアルに伝える。この作品は日本のNHKが出資して製作したハイビジョン映像作品であり、現代の撮影技術の最先端を示す作品でもある。
  古代の中国には外国との交流に二つのルートがあった。一つが北国境を行くシルクロード、もう一つが南国境の茶馬古道で、茶馬古道には茶や塩、食料を積んだ馬が行き来していた。田監督は、十数名のロケ隊、雇った馬の輸送隊の総勢30名余りと70頭の馬を率いてヌー川、瀾滄江を渡りチベットに向かった。茶馬古道は文化と歴史の染み付いた街道で、技巧を狙わずとも感動的な場面が幾らも現れた。「撮影する前、私たちは細かい打ち合わせをして、プロットも描いた。しかし、茶馬古道に行ってみて、自分たちの計画のすべてが余りに小さいことに気づかされた。何も書く必要はなかったんだ。そこで真摯に感じ取り、現地の人と話をすればそれで十分だった。どうしてこの作品を撮ったのか?と訊かれれば、感動のためとしか言えない。私は感動を映像に収めただけだ。すべての撮影は地元の人々との自然な交流の中で行われた。神秘的なあの土地では民族、宗教、歴史、文化が自然に融合しているんだ。しかもそれは今も生きていて、実際に触れることができる。茶馬古道に長く滞在したが、私は自分の呼吸が彼らと完全に溶け合ったと感じた」と、田壮壮監督は、撮影の日々をこう語った。

監督と馬方
馬方の間では伝説的な人物である82歳の親方
村の歴史を語る孤独な山寺のラマ僧

田壮壮監督は、1952年に北京で生まれ、1982年に北京映画学院監督部を卒業した。1978年から今日まで北京映画制作所で監督を務めている。同窓の陳凱歌、張芸謀らとともに第五世代と呼ばれる世代の映画監督である。田監督は第五世代の監督の人物描写にあまり凝らないという特徴からすれば異色な存在で、人物描写を映画制作の鍵として重視してきた。その作品は国際映画祭で何度も受賞している。
  田監督は、映画を撮るようになってから一度と利益や功名を考えたことがないという。『盗馬賊』を撮影したときは肉体的に限界で、チベットでは死にそうな目にもあっている。しかし、この作品は映画祭では審査を通過できず、傷ついた彼はしばらく退廃的な生活を送ったそうだ。「『清朝最後の宦官・李蓮英』を撮るまでの間、『ロック青年』、と『鼓書芸人』など爛れた映画を撮ったよ。『清朝最後の宦官・李蓮英』で姜文と劉暁慶に精神的に励まされ、やっと立ち直れたんだ』。
 それは田監督が40歳のときだった。姜文と劉暁慶は香港投資の映画『清朝最後の宦官李蓮英』に出演が決まっていた。しかし途中で制作側のメンバーが入れ替わり、彼らは田監督に連絡を取って、この映画の監督に推薦したのである。撮影のとき、姜文と劉暁慶は演技で衝突し、何時間も言い合った末に田監督のところに来て、激しくやり合った。田監督は、そのときのことを次のように振り返った。「私は彼らの態度をとても面白いと思った。二人とも大スターなのに、ワンカットの演技にあんなに真剣になれる。彼らに触発されて、私も決心した。撮らなければいい。撮るなら自分の良心に従った作品だけだと」
 アメリカの映画監督マーティン・スコセッシ氏は『茶馬古道―ドラム』を観て、田壮壮監督に手紙を書き、その興奮を伝えた。「震撼」、「深い感動」と。

馬方たちの顔には、厳しい暮らしと剛毅な性格を思わせる皺が深く刻まれている。
ロープで川を渡る人々を眺めるヌー族の女性

 

2004年5月7日、ニューヨークで『茶馬古道―ドラム』の舞台挨拶を終えた田監督は、スコセッシ監督にディナーに招かれた。このディナーのしばらく前に、スコセッシ監督はニューヨークで開催されるグリーンベーカー映画祭の組織委員会に、映画祭が閉幕したあとに『茶馬古道―ドラム』をダビングして一週間置いておいてほしいと要求していた。忙しい仕事を調整してでも、何とか『茶馬古道―ドラム』を観たいと思ったからだ。この1年半前に開催されたニューヨーク映画祭に、田監督が『春の惑い』で参加したときも同じことがあった。このときスコセッシ監督は『キングオブニューヨー』を撮影中であった。
 スコセッシ監督は『茶馬古道―ドラム』について「音楽、映像そして素朴で柔和な雰囲気が深い感動を誘う、詩のような作品」、「この地域では違った文化と宗教が一つに融合されていることを、世界に伝える永遠の歴史教材となる作品だ」と絶賛した。ニューヨークタイムズの評論家A・O・スコット氏は「質量の意味でも、芸術的な意味でも、偉大な作品」と評し、田壮壮監督のことを「雲南・チベットをつなぐ街道で絢爛、深遠で、偉大なロケを行った。作品には牧歌的な雰囲気が流れ、都市文明に汚染されていない現地の人々の生活の中に連れて行ってくれる。遠い地方の風土や特色と、世界が共感できる内包を具えている」と、書いた。
   映画が終わったあとのエンディングロールでも、誰一人客席を立たなかった。国産映画でこんなことは、私が知る限り初めてのことだ。
 これは、中国の映画ファンが寄せたメッセージである。