2005-04

●ステージ&スクリーン



理想と現実の狭間でー映画 『孔雀』

文/方 芳
    

有名な画家・方立均氏がデザインした映画『孔雀』のポスター

同じく『孔雀』のポスター

第55回ベルリン映画祭で審査員特別大賞に当たる銀熊賞に輝いた中国映画『孔雀』が、2月下旬から中国各地で上映された。それ以来、この作品が中国の観衆に与えた感動の余韻は今も静まっていない。

青春の夢と現実を描いた 『孔雀』は、中国の撮影師として第一線で活躍してきた顧長衛氏の初めての監督作品である。公開前、大賞受賞作品ということで、この作品に対する期待は非常に高かった。「想像したほどではない」と思った人でさえも、映画に挿入された多くのエピソードには、やはり感動させられた。誰もが理想を追究する純登場人物の粋さや両親の愛に胸を熱くし、最後には現実に屈服するしかなかった主人公たちに心から同情した。
この作品を観た人々の共通の意見は、この映画は、「理想と現実の狭間にある人間の渇望、不安とどうにもならない無力感を表現することに成功した」というものである。
『孔雀』は、1970〜80年代中国北方のある小さな町のごく普通の5人家族の生活を、主人公の弟の視点を借りて語ってゆく。何をやってもうまくいかなかった知的障害のある兄は、見合いで田舎の娘と結婚し、改革開放直後の中国で最初の世代の商人になり、上辺はおとなしいが芯の強い姉は、落下傘部隊の兵士に思いを寄せ、入隊を志願するが、仕事の為に結婚し、そして離婚する。弟は容貌が端正だがナイーブで、障害のある兄ばかり気遣う両親に不満を覚え、最後は絶望して家を出るというストーリーである。

姉と両親
落下傘部隊に入隊するため、身体検査を受ける姉。

人を感動させる生活の痕跡
映画に語られるエピソードは、脚本を担当した李檣氏の故郷・河南での思い出がベースになっている。「いわゆる温かさとは何か?それは、耐えられる力を持つようになった時に、封印していた過去を回想し、そのとき生まれた優しい心である」と、彼は言っている。『孔雀』は彼より一世代上の、1950年代末から1960年代初めに生まれた世代に対するノスタルジーである。映画に描かれた生活シーンは、商品経済がまだ発展していなかった当時の中国でよく見られた場面である。そのため、この映画を観て、自分たちが通ってきた時代を思い起こす人も多い。  
人間の感情、例えば障害のある兄に対する両親の愛情と、それによって引き起こされる弟の孤独と嫉妬、学校に通っていたときの虚栄心と友情、弱者に対する同情などは万国共通のもので、背景になる時代は中国独特のものだが、メンタリティの面で外国の観衆にも十分理解できる内容になっていた。脚本の構想について李檣氏は、「日常生活の中の見落としがちだが、感動的な瞬間を書きたかった」と言っている。一般の人々の生活は似たり寄ったりで、多くの人を感動させ得るものは実生活の中にある。これが、『孔雀』が全世界の観客の涙を誘った理由だと言えるだろう。
「意欲に満ち溢れていた年頃に、自ら立てた人生の目標に向かって突き進んでいる人々が、運命や種々の原因で挫折して、昔と同じような普通の生活に戻るというのは、確かに悲劇的である。私にとって、このような悲劇は厳粛なものだ」。「私は『孔雀』でこのような3人を書いた。彼らは最終的には惨めな生活を脱け出すことができなかったが、何年か過ぎた後で再会した彼らは、いつものように穏やかで顔には相変わらず自信を覗かせている。彼らは大事業を成し遂げた人と同様に尊敬すべき人々だと思う。これが私の美意識だ。こうした姿勢は。ある種の固定観念への反逆だと思っている」。李檣氏は普通の人々への思いをこのように語る。

『孔雀』の1シーン。落下傘を自転車につけて走る姉。夢を追う人間の姿を象徴している

ヒロインを演じる張静初。ベルリン映画祭にて。

姉と弟

タイトルとラストシーンについて
人間と運命を語る映画なのに、なぜ『孔雀』というタイトルなのか?李檣氏は、「人と人は互いを鑑賞しながら過ごすもので、一人一人が経験した愛憎の物語を体に背負っている。まるで孔雀が1本1本違った色の羽を背負っているようにね」と言う。実際、映画のラストシーンは、冬の日、兄弟3人が公園の孔雀がその羽根を広げてくれるのを待つが、孔雀はなかなか広げてくれない。3人が諦めて公園を後にしたとき、孔雀はその美しい羽を開くというものだ。
観客も、評論家もれ、このような終わり方は人生の残酷さをうまく表現しているが、余りに救いが無いと言っている。これに対して顧監督と李檣氏は、「この作品のラストシーンは感傷的だが、決して絶望ではない。このような現実にも、屈せず生きている人々こそ、尊敬すべきと考えるからだ」と、名も無き、弱き人々の勇気を讃えた。

監督:
顧長衛、1987年北京映画学院に入学、撮影を専攻し、中国で最も有名な撮影師の一人として活躍。『孔雀』を監督する以前は、同窓の張芸謀監督の『赤いコーリャン』で撮影を担当し、第8回中国映画金鶏賞で最優秀撮影賞を獲得しているほか、陳凱歌監督の『覇王別姫(さらばわが愛)』で1993年のアメリカ第66回アカデミー賞最優秀撮影賞を、『蘭陵王』で1995年の第15回ハワイ国際映画祭で撮影賞を獲得するなど、様々な国内外の映画祭で撮影賞を獲得した。初めての監督作品でベルリン映画祭・銀熊賞を獲得し、監督としての才能を認められた彼は、目下『孔雀』の脚本家・李檣氏と組んで、次回作『立春』の撮影準備中である。
出演者:
『孔雀』で主役の兄弟を演じた3人は映画製作を学ぶ学生である。プロの俳優ではない彼らだが、作品では見事に監督の期待に応えた。特に姉を演じた中央戯劇学院演出学部卒業の張静初の演技は、『孔雀』の成功を大きく支えている。これまでに出演した2本の映画と数本のテレビドラマでは、まるで注目されなかった彼女だが、今回の作品で映画界とメディアから注目されるようになった。特に『孔雀』がベルリン映画祭で銀熊賞を獲得してからは、出演依頼が殺到し、「小さなヂャンツーイー」と呼ばれている。ヂャンツーイーは張芸謀監督の『初恋の来た道』で一躍スターになった女優で、今回、『孔雀』で一気に注目を集めた張静初は彼女に重なるところがある。

銀熊賞を獲得し、監督として華々しいスタートを切った顧長衛監督。

過去にベルリン映画祭で入賞した中国映画
1998年 張芸謀監督の『赤いコーリャン』(第38回ベルリン国際映画祭銀熊賞)
1990年 謝飛監督の『本命年』(第40回ベルリン国際映画祭銀熊賞)
1993年 謝飛監督の『香魂女―湖に生きる』と李安監督の『喜宴』(ともに銀熊賞)
1995年 李少紅監督の『べにおしろい 紅粉』(第45回ベルリン国際映画祭優秀視覚効果賞)
1996年 厳浩監督の『太陽に暴かれて』(第46回ベルリン国際映画祭最優秀監督銀賞)
2000年 張芸謀監督の『初恋が来た道』(第50回ベルリン国際映画祭銀熊賞)
2001年 王小帥監督の『北京の自転車』(第51回ベルリン国際映画祭銀熊賞)
2003年 李楊監督の『Blind Shaft 盲井』(第63回ベルリン国際映画祭銀熊賞)
2004年 朱文監督の『雲の南へ』(NETPAC賞)
2005年 顧長衛監督の『孔雀』(第55回ベルリン国際映画祭銀熊賞−審査員特別大賞)