2005-08

●チベット特集(連載)



ココシリ国家級自然保護区管理局ツァイガ局長の願い

    

ココシリ・チベットカモシカ保護センターに保護されたチベットカモシカとじゃれ合うツァイガ局長。     写真/新華社 侯徳強

編集の言葉―平均海抜4500m、中国最大の「無人区」―雪域高原のココシリに生息するチベットカモシカは、中国の重点保護動物である。多くのボランティアたちはチベットカモシカの保護のため、内外の密猟者を撃退し、青春と情熱をココシリに捧げてきた。青海省玉樹チベット族自治区から来たココシリ国家級自然保護区管理局のツァイガ局長も、そうしたボランティアの一人であった。ココシリ国家級自然保護区を殺戮や銃声のない「野生動物の楽園」にすることが彼の願いである。

密猟者からチベットカモシカを守れ
ココシリ国家級自然保護区管理局のツァイガ局長は、地元の人々にチベットカモシカの「守護神」と呼ばれている。現在、管理局には公安幹部警察13人を含む密猟監視員58人がおり、高原パトロールカー8台、宣伝車1台、先進的通信設備を有している。「仕事の条件は大いに改善されました」と、豪放な性格のツァイガ局長が、管理局の状況について説明してくれた。50代のツァイガ局長は、自らの仕事と職場に誇りを持っている。
1997年、ツァイガ局長が23人の若者を引いてココシリで高原パトロール隊を結成した時、管理局には古いジープ1台と64式ピストル1挺しかなかった。武器を持つ密猟者を監視するには、銃がどうしても必要になる。そこで、ツァイガ局長は軍区の指導者になった老戦友に協力を要請し、ピストルのカバーを買い、モデルガンをそのカバーに入れて隊員たちに携帯させ、密猟者を威嚇した。高原パトロール隊はモデルガンで密猟者と対決し、チベットカモシカの毛皮を密売する犯罪者を一網打尽にしたこともあった。このエピソードは、ツァイガ局長にとって最も誇らしい思い出である。
1999年3月、「無人区」の最初のテント式保護ステーション―不凍泉保護ステーションが設立された。2002年末、不凍泉保護ステーションにデジタル衛星ステーションが建設され、「無人区」はデジタル情報を受信することができるようになった。密猟の取締りのための環境と条件は明らかに改善された。「今では、ピストルなど、本物の銃器を使えるようになりました」と、ツァイガ局長は語る。
ツァイガ局長の指揮の下、ココシリ国家級自然保護区管理局の密猟パトロール隊員は、チベットカモシカなど、高原の希少野生動物の密猟や野生動物製品の非合法売買、盗品売買、密輸などを108件検挙し、容疑者を300人逮捕してチベットカモシカの毛皮約4000枚、銃23挺、銃弾3万発を押収している。

密猟現場で容疑者を取り調べるツァイガ局長(右1)    写真/新華社 侯徳強

野を駆けるチベットカモシカの群れに、涙がこぼれそうになる
2001年6月5日、ツァイガ局長は、境外の密猟者がココシリに潜入したという情報を耳にした。ツァイガ局長は隊員たちとともに、荒涼とした高原を車で三日三晩捜査したが、密猟者の手がかりは見つからなかった。捜査の間、インスタントラーメンやピスケットで飢えを凌ぎ、雪を溶かした水を飲んでいたため、4日目には局長はじめ隊員全員が激しい下痢に苦しめられた。
それでも、皮を剥がれたチベットカモシカの無残な死骸を見たくないという思いから、隊員たちも局長も疲れと下痢で衰弱した体に鞭打ち、捜査を続けることを決定する。街灯がまったくない高原は、通常でも夜の走行は困難であったが、パトロール隊はバッテリーの消耗を防ぐため、フットライトだけを点灯させて進んだ。何日も夜を徹して捜査を続け、隊員たちの疲労は極限に達していたが、5日目にようやく密猟者の車のタイヤ跡を発見する。そして、6日目にチベットカモシカを射殺しようとしていた密猟者を9人逮捕し、猟銃を3挺と銃弾を1万5000発押収した。
2004年5月から8月にかけて、ツァイガ局長と隊員たちの努力のおかげで、保護区のチベットカモシカは無事に繁殖地に移動し、出産、子育てを完了することができた。「保護区のチベットカモシカは人を恐れなくなり、道路脇で草を食べる姿を見かけることも多くなりました。これは、数年前にはなかった光景です。疾駆するチベットカモシカの群れを見ると、嬉しさに涙がこぼれそうになります」と、ツァイガ局長は語った。

隊員たちとパトロールするツァイガ局長(右1)      写真/新華社 侯徳強     

氷河で溺死したチベットガゼルに心を痛めるツァイガ局長   写真/新華社 侯徳強  

チベットカモシカを北京オリンピックのマスコットに申請
オリンピック誘致に成功した2001年から、ツァイガ局長はチベットカモシカを北京オリンピックのマスコットにするという考えを持っていた。チベットカモシカは海抜4000〜5000mの青蔵(青海・チベット)高原に生息しており、走るスピードは時速70〜100Kmに達するうえ、酸素の希薄な寒冷地でも生息できる強い生命力を持っているからだ。
2005年2月、青海省で省の政協委員、省人民代表の会議が開催され、省人民代表のツァイガ局長は、チベットカモシカを北京オリンピックのマスコットに申請することを提案し、青海省林業局と体育局に対し共同で署名活動を展開することを呼びかけた。林業局と体育局はこれに賛同し、2008年北京オリンピックは第29回大会に当ることから、省体育局は長さ29mの署名用の布を用意した。
ツァイガ局長も、省政協、省人代会議で委員と人民代表を説得した。彼は2004年に映画『ココシリ』が公開されて一年間、ココシリで密猟事件が発生していない事実を挙げ、社会の関心はチベットカモシカにとって最も心強い防御璧だと訴えた。「チベットカモシカを北京オリンピック・マスコットに申請すれば、世界の注目をココシリに集めることができ、密猟者には何よりの牽制になる」。人民代表、政協委員はツァイガ局長の訴えに感動し、青海省政府は正式に北京オリンピック組織委員会に申請書を出し、60万元の宣伝費を用意した。
2005年3月、ツァイガ局長は隊員たちとココシリを離れ、チベットカモシカのキャンペーン活動を開始する。彼らが北京に来た時には、人々はココシリやチベットカモシカ、ツァイガ局長に関心を示し、チベットカモシカに世界の注目が集まることを望むようになっていた。「今回のマスコット申請は不成功に終わるかも知れませんが、それは重要なことではありません。チベットカモシカはネットでも支持率が最も高いマスコット候補になっており、人々の関心を喚起するという私たちの目的は達成されているのですから」と、ツァイガ局長は満足そうに語った。