2001-03

本誌特別記事

千年の息吹を刻む――龍門石窟
文/xie cheng  写真/高明義 李春生

 編集者の言葉:
 石窟、それはすなわち絶壁の石崖に窟をうがち、中に仏像を安置、または彫刻したものをいい、比較的大きなものは寺院としての機能も果たす。中国で最も有名な石窟は3箇所あるが、それは甘粛省の西端の広大な砂漠に囲まれた敦煌の莫高窟、山西省大同の雲崗石窟、および河南省洛陽の龍門石窟である。
 2000年末にはユネスコの世界文化遺産にも登録された河南省洛陽の龍門石窟、その彫刻芸術に触れ、1500年の歴史を辿ってみよう。 

極南洞、入り口北側のレリーフ。残存した部分からだけでもその生き生きとした姿、力のみなぎる筋肉が感じられる。 賓陽洞の仏像 仏洞入り口南側の壁の観世音菩薩像

 澄み切った伊水の流れはゆるやかに北に向かい、洛陽市の南13kmあたりに至ると、両岸に1kmほども連なって聳える連山の切り立った崖にびっしりと彫りぬかれた様々な姿の石の仏像群が目の前に突然現れる。これこそが世に名だたる龍門石窟であり、その石崖に彫られた仏像の数は10万体以上にも及ぶ。
 龍門石窟の開削は、493年に始まり、その後幾多の朝代を経て400年の長きにわたり、綿々と大規模な建設が続けられた。龍門石窟を仰ぎ見ると、数ある石窟の中でも身の丈数丈(1丈は約3.3m)もある仏像を安置できる大きな石窟もあれば、小指の長さにも満たない小さな仏龕(ぶつがん)もある。龍門石窟には2345の仏洞、大小合わせて70以上の仏塔、それに碑文の刻まれた石碑が2800余りある。

 崖に掘られた石窟は、1つ1つが大きさも様々な窓のようであり、それぞれ隙間なく幾重にも折り重なるように並び、壮観をきわめている。また、それらの石窟内部の彫刻は、美術、音楽、書道、服飾、建築、医薬などの方面においてもまことに得がたい資料であり、こうした資料を収めた石窟は、まさに巨大な石刻芸術博物館なのである。
 蜂の巣のように密集した石窟の中でも最も代表的なものは、1500年以上も前の北魏の頃に建設された蓮花洞、古陽洞、賓陽洞、そして唐代に建設された奉先寺、潜渓寺、万仏洞、看経寺などである。
 675年に完成した龍門石窟最大の規模を誇る奉先寺は、中国の歴史上唯一の女帝、則天武后が2万貫の遊興費を投げ打って建設したものであり、その設計も、彫刻芸術も、奉先寺が中国の美術史において最高の水準を持つことを語るに十分である。洞窟の中央にある廬舎那仏(るしゃなぶつ)は逞しくふくよかで、気概に満ち、秀麗な面差しは慈悲に溢れている。なお、廬舎那仏の頭部は高さ4mあり、全長は17.14m、耳の長さだけでも1.9mにも及んでいる。両側には弟子の像がうやうやしく立ち、月をとりまく群星のように廬舎那仏の大きさを際立たせ、至上の域に達した唐代最盛期の芸術を表している。


龍門の秋


老龍洞の中の仏龕と仏像


規模最大の奉先寺は675年に完成した

 蓮花洞は洞窟の天井に美しい蓮の花が大きく彫られていることからこの名がついた。内部南側の壁には高さわずか2cmの精密で美しい仏像が数列並んでいるが、これは龍門石窟の中でも最も小さい彫像群である。
最も古い歴史を持ち、内容も豊富なのは古陽洞である。岸壁に掘りぬかれた洞窟の中には大小様々の美しい仏龕や仏像が並び、仏龕のかもい及び仏像は、精巧で変化に富み、優美な装飾と図案がほどこされ、1500年以上も昔の彫刻、絵画、建築などの研究において貴重な参考価値がある。


龍門石窟の中でも最も早期に開削の始まった古陽洞。有名な碑文「龍門二十品」の内、19品までがこの古陽洞にある。


賓陽洞の飾り天井。音楽を奏でる天女たち。

 賓陽洞は内部の装飾が華麗で、地面には蓮の花模様が彫りこまれ、入り口の両側の壁に浮き彫りにされた「皇帝礼仏図」「皇后礼仏図」と名付けられた大型レリーフからは、当時の宮廷生活や儀礼、服飾などを知ることができる。
 薬方洞の内部にはマラリア、胃病、心臓の痛み、消渇など140種以上の疾病を治療する漢方薬の処方が刻まれており、中国の古代医薬学の研究における重要な資料となっている。
 その昔"碑林"と呼ばれた龍門の石碑は、彫られた文字や図案の芸術的水準の高さにおいて全国の石窟の中でも最も秀でている。「龍門二十品」と呼ばれる芸術性の高い書き方で刻まれた有名な碑文は、石窟開削の史実を記載しているばかりでなく当時の書道芸術の水準と風格を如実に表している。
   

 龍門石窟は仏教芸術に属するが、古代では才能あふれる芸術家たちは皆、宗教の束縛を打ち破り、創作イメージの源泉は、現実の生活の中にあると考えたが、この発見は中国の仏教彫刻芸術の研究に新たな手がかりを与えた。
 伊水の水は山々の緑を映し、山すそには1年中温度の変わらない10数の泉が湧き、古都がいつくしみ残してきた石窟芸術とあいまって、なんとも優美な景観を織り成している。1953年から中国は文物管理の専門機関を設立し石窟の保護にあたり、また1961年には中国国務院は龍門石窟を全国重点文物保護単位(機関や団体を指す)とすることを公布し、国をあげて巨額の資金を投入し、石窟の総合的な整備と修繕を行なっている。これにより、石窟保護のための設備ばかりでなく観光客の見学のための設備も日増しに整ってきている。
 そして90年代からは、石窟内の彫刻品の風化を防止、修繕するための研究が龍門の文物保護のメインテーマとなっている。
(本文掲載の写真は『中国画報』社出版の写真集『中国龍門』より転載した)



蓮花洞の天井に彫られた蓮の花
仏洞は680年に完成し、洞の中には大小合わせて1万5000体以上の仏像がある。
   
 
奉先寺、北側の壁の天王像(左)と力士(仁王)像。 奉先寺、廬舎那仏(るしゃなぶつ)右脇に厳かに立つ弟子の菩薩像。 廬舎那仏(るしゃなぶつ)の1部