2001-08



高山と密林に囲まれた林芝は、 旧チベットでは「悪魔の地」と呼ばれていたが、今はチベットでも風光明媚な土地に変身している。尼洋川とヤルツァンポ川の合流点に広がるムギ畑。


中央政府の強力な支援の下、チベットの県道・郷道は大きく改善された。写真はチベット北部索県の山間道路。
 80年代初め、チベットは全中国と同じように土地の請負責任制が実行され、26万ha以上の耕地と十数万匹の家畜が100万人余りの農牧民に配られ、チベットの社会生産力の2回目の飛躍を実現した。科学技術も農業を発展させる新たな生産力になった。毎年33万人の農民が科学技術の訓練を受けて、化学肥料の使用、優良種の精選、機械耕作などの技術を身につけた。チベット人民の生活は大幅に改善された。ここでは2万1000kmの道路が開かれ、北京、成都、西安、蘭州からラサまでの航空便も開設された。チベットにはこれまで近代工業がほとんどなかったが、今は民族手工業を振興させると同時に、各種近代工業企業も設立されている。
 1992年以降、チベットの社会生産力は3回目の急速な発展を遂げた。2000年末現在、自治区全体の国内総生産(GDP)は117.42億元に達し、7年連続で2桁の成長率を保った。

 中央政府の資金を利用し、9の省・市の援助で建てられた43項目のプロジェクトは、1980年代の中期に完成した。1994年、国務院はまたチベット発展の現状と長い将来を考慮して、中央と各省が共同で23.8億元を投資し、チベットのために農業・水利、エネルギー、交通・通信、工業、社会事業、市政工程を含む62項目のプロジェクト建設を援助、そのうち中央政府が75.7%を負担することを決めた。
 この62項目のプロジェクトはチベットの7地区(地区級市)、74県(県級市)、そして700近い村(町)に及んだ。チベットの各項事業の急速発展を促すと同時に、これらの援助建設プロジェクトはチベットと内地との経済的、社会的、文化的連係を一歩進んで密着させて、チベット経済の発展に活力を加えた。
 21世紀に入り、全長1963kmに及ぶ世界最高海抜の鉄道がここで建設される。青海省とチベット自治区を貫くこの鉄道は、完成後はチベットから内地に通じる最も便利な陸上ルートになり、これによりチベットの鉄道のない歴史にピリオドが打たれる。
 中華人民共和国の主要創立者・毛沢東主席はチベットと祖国との関係に触れて、かつてこんな比喩をとって述べた。「親指がなければ両手に力が入らない。チベットは祖国から分離できない」と。
 この50年間、チベットの経済は絶えず発展し、優秀な伝統文化が受け継がれ、科学教育は絶えず向上し、民族宗教政策は全面的に徹底され、社会は日に日に安定している。"地球の第3極"に暮らす人々は、自分の願いに従って快適で美しい生活を創造し、民族の団結と国家の統一を守り、チベットの全面的な進歩を促すと同時に、中華民族の繁栄増進に励んでいる。

観光客に寺の歴史を説明するジョカン寺のプロガイド・ニマツリンさん。チベット族出身のほとんど全ての観光ガイドが直接外国語で観光客と話すことができる。 チベットでは、小学校から高校までの16科目のチベット語教科書と教学カリキュラムの編集と翻訳、8種類の専門学術用語と漢語・チベット語の対照辞典の翻訳がすでに完成し、漢語・チベット語バイリンガル教学体系もすでに完成している。書店でチベット語の書籍を選ぶラマ僧。

八角街の商売人

 

 

 

 

 

弁経(経文を唱える) チベットでは、チベット族の人々には信教の自由を持っている。

チベット語で作文の練習をするラサ小学校の生徒

 

2000年9月11日、ボーイング737−700型旅客機は海抜3600mのゴンガ空港に無事に着陸した。世界最高海抜のこの国際空港はすでに成都、西安、重慶、西寧、北京など6つの国内線とネパールまでの国際線を開通している。

50年後のチベットはチベット人民の天国に変わった。新鮮な空気と優美な環境のラサは、中国の各省都の中でも最も空気が美しい。

 

 

チベットの未来
転経(経文の刻まれた筒を回す)をしながら道を歩く 50年前のチベットは、少数の上層統治者だけが享受できる、出力125kwの小さな水力発電所1カ所しかなかった。2000年末現在、自治区全体で401の各種中小型発電所があり、総出力は35.62万kw、発電量は6.61億kwに達している。写真はチベット最大の発電所・ヨウツォヨム湖水汲み上げ式発電所である。 ラサの住宅地